1、前置き


 試合を見ていて感じたのは、磐田がとても自然体であった事。スタメンの11人が出場していたプレーぶりは、まるで「タイプが違う50遠藤 保仁が、ピッチに11人いる」と、錯覚するかのようであった。

 一方で、長崎は、完成度の高いゾーンディフェンスで、巧くバランスを取るチームであるが、磐田の自然体を前にすると、「バランスを取る事で、バランスが崩れている」と、錯覚するかのようであった。

 こう錯覚した理由をデータで迫っていきたい。


2、距離感の矛盾


時間帯別パスネットワーク図

時間帯別パスネットワーク図(磐田)

 この図で、特筆すべき点は、各選手の距離感が保たれているという点である。特に、前半は強く感じたが、歩くプレーや、軽く走るプレーが、攻守で多かった。無理に仕掛けるというプレーや、守備の対応で焦って、必要以上に人数をかけて寄せるとか、バランスを崩すというシーンは、ほぼなかった。

 ビルトアップで、3大井 健太郎のパスが弱くなって、危ないシーンが、前半にあったが、最終的には、長崎の28ウェリントン・ハットのヘディングシュートは枠を捉えず、事なきを得た。これは、長崎の好機で、磐田にとっては、危険なシーンな筈であるが、どこか安心感があった。

 こうした危険なシーンが随所に見受けられたが、磐田の選手の落ち着きと、対応は、自信に溢れていて、焦りや不安といったものは、微塵も感じられなかった。こういった精神的な心の余裕が、プレーに正確性を生み出す。長崎のチャンスは、こうした磐田の無心とも言える冷静な対応の前に尽く防がれた。

 そして、攻撃でも無理に攻めず、距離感と個人の役割を、各選手が全うする事で、個性が目立つ。長崎が「ゾーンプレス」であれば、磐田は「ロールリンク」である。


時間帯別パスネットワーク図

時間帯別パスネットワーク図(長崎)

 一方で、長崎は、前述した通り王道のゾーンディフェンスを採用している。距離感を狭く保って、攻撃側の選手が、攻めて来た所を各個人の守備担当エリアを分担して、寄せて行くプレー、ボール奪取を狙う戦術である。

 担当エリアを、コンパクトかつフラットなブロックを構築するように分担する事で、高い奪取力と、安定した守備の対応ができる事が魅力のシステムである。

 相手に、攻めさせて、守備網にかけて、カウンターを狙う事が多い。実際に、長崎もシンプルに27都倉 賢をターゲットにする攻撃で、早い展開で、ゴールに迫るサッカーを意図していたと見て取れた。

 通常のチームであれば、この長崎の狙いが嵌るだけの完成度を誇る戦術の浸透と、それを得点や安定した守備に繋げる個の力を持った選手を揃っているが、磐田に対しては、例外であった。


図の対比のため、再び同じ図

時間帯別パスネットワーク図

時間帯別パスネットワーク図(磐田)

時間帯別パスネットワーク図

時間帯別パスネットワーク図(長崎)

 磐田は、各選手が50遠藤 保仁のように、マイペースでプレーしていた。長崎は、磐田に攻めされる事で、守備からペースを掴みたかった。しかし、磐田は、各選手が、通常のチームより、各選手が距離をとり、そこを正確で速いパスを繋ぐ事で、スピード感のあるビルトアップで、長崎の守備網にかからない。

 磐田のビルトアップは、後で細かいパス交換を繰り返すというものではなく、距離感を保つ事で、パス数が少ないのに、ロングパスやミドルパスを多用しているチームのようなスピード感のある攻撃ができると思えば、無理をせずにしっかりやり直す冷静さと判断力が、備わっている。

 磐田の各選手の役割は、他チームより難しいものであるが、磐田は、心技体の特徴に個人差はあっても、心技体がしっかりしているので、それをしっかりこなせる。それによって、「フィールドの全体を使うサッカー」ができていた。


 一方で、長崎は、引き気味に、攻撃を引き寄せるために、部分的には、バランスが取れていても、フィールド全体で、コンパクトにバランスを自然体でとる磐田と比べて、バランスをあえて、崩している様に錯覚してしまったのは、この辺りにある。

 実際に、距離感が近過ぎる事で、攻守の個の力に優れる磐田の各選手に、随所で、攻守の前に阻まれるというシーンが目立った。通常のチームであれば、孤立していると感じる関係性かもしれないが、磐田であれば、それが連動しているように感じた。


 長崎の「自陣を制限するサッカー」と、磐田の「フィールドの全体を使うサッカー」のどちらが優位化と言えば、実現可能であれば、磐田のサッカーの方が良いのは明確であるが、当然ハイレベルなサッカーで、並のチームでは、実現不可能である。

 磐田は、この完封勝利で、J2における7試合連続無失点の5チーム目。7試合連続無失点での7連勝は、2チーム目で、並のチームで無い事が分かる。


3、圧倒した磐田のパスワーク


パスソナー・パスネットワーク

パスソナー・パスネットワーク(長崎)

パスソナー・パスネットワーク

パスソナー・パスネットワーク図(磐田)

 この図を見る限り、どちらが、ボールを持てていたか分かる図です。この図だけだと、磐田が、後で回していただけと誤解される可能性がありますが、中盤の選手のパス方向を見ても、状況に応じて、攻守で的確に判断した上で、パスを巧く回せていたと予測する事ができます。

 一方で、長崎は、受ける守備のため、主体的に攻める。長崎が持つ。長崎が攻める時間というのは、著しく制限されていた事が分かる。本来は、攻守で、バランスが取れる完成度の高いゾーンディフェンスをもってしても、主導権を渡してしまい、好機も限られていた。


エリア間パス図

エリア間パス図(長崎)

エリア間パス図

エリア間パス図(磐田)

 前方のパスの成功率が激減している長崎対して、磐田は、逆に高い位置かつ、サイドの位置が色濃くなっているのが分かる。サイドからの攻撃が巧く行っていた事が分かる。更に、サイド深くまで行けた事で、ゾーンディフェンスを押し込み、バイタルエリアでもパスを回せている。本来、ここを制限して、ここのパス成功率を下げる事ができる戦術であるが、この試合の磐田は例外であった。


4、キープレイヤーで見る試合の優劣


ヒートマップ - 大井 健太郎

ヒートマップ(3大井 健太郎)

 中央の守備エリアをしっかり守り、高い位置でもタッチ数が大きくなっている。動きすぎない中で、攻守でプレーエリアを高くしてもバランスが取れる抜群の存在感。長崎の攻撃対する個の対応力や、ミスこそあったが、攻撃におけるDFラインの中央として、まさに柱である事が、試合を見た後に、このデータを見れば感じる事ができる。


攻撃スタッツ - 都倉 賢

攻撃スタッツ(27都倉 賢)

ヒートマップ - 都倉 賢

ヒートマップ(27都倉 賢)

 本来であれば、ゾーンディフェンスの守備網の後に、ターゲットしてボールが集まり、高い数値の攻撃スタッツが期待される長崎の攻撃のキーマンであるが、この試合では、ヒートマップを見ても、高い位置で、あまりプレーできなかった事が分かる。


5、試合総括


ゴール期待値

ゴール期待値

基本スタッツ

基本スタッツ

 スコア通りだと接戦で、実際に、長崎にも決定的なチャンスは、確かにあった。しかし、選手の表情や仕草を見ていると、その危機でさえ、防いで当たり前といった自信が、溢れ出ていた。この自信の源泉は、ここまでデータで見てきた通り、この試合のように磐田が、長崎をデータで圧倒したように、内容と結果を伴った勝利の数を積み重ねる事で湧き出ている。

 ただ、3大井 健太郎が、アクシデントか、足を気にした後に、交代で下がってからは、別チームのように落ち着きがなくなかったように映ったの心配な点である。

 また、15伊藤 洋輝も、3大井 健太郎と、同じような表情で、堂々としたプレーぶりが印象的であったが、15伊藤 洋輝は、ドイツのクラブに移籍する事が決まっている。

 もし、この2人がピッチから同時に不在の状況になった時に、同じようなサッカーが出来るのか、15伊藤 洋輝は、少なくとも海外に移籍するので、代役を誰がこなすのか。新潟戦を最後に、磐田から離れるが、代えの効かない選手で、攻守で、新たなスタイルと完成度を構築していく必要がある。ここに手間取れば、瞬く間に3位以下に後退する可能性もある。

 序盤戦に、圧倒的な強さを誇っていた新潟が、失速していたように、何が起こるか分からないのがサッカーである。このメンバーでの磐田が、強すぎただけに、攻守で、存在感を放っていた、15伊藤 洋輝の代役と、守備の要の3大井 健太郎の状態は、気になる所である。

 もし、こういった不安や課題をクリアして、アクシデントなく、後半戦を戦い抜けば、J1に一番近いチームは、磐田であることは間違いない。

 そして、長崎も磐田に圧倒されるも、決定機を何度か作っており、内容をも覆す、一発を持っているチームで、J2トップレベルのチームであることは間違いない。

 J2の混戦を2枠という狭き門を通過できるのか、目を離せない。そう感じたハイレベルな試合であった。


6、後書き


 また、岡山が、この状態の2チームに岡山が、勝利することをイメージする事は、現状、正直できなかった。全てが、桁違い。J1に昇格するには、こういった域に到達する必要があると考えると、J1は、本当に狭き門で、現状は、夢の世界。少しでも追いつけるようにチームとしても、1試合1試合全力で、戦っている姿から気持ちは伝わって来るので、いつか報われる日が来ると信じて、こういった強者との対戦する試合を見ることができる日常を、今は楽しみ。心の中で、J1昇格を夢見て、応援していきたいと思う。


文章=杉野 雅昭(text=Masaaki Sugino)、図(データ)=SPORTERIA様