群馬県民とギャンブル


群馬県民はギャンブルが好きだと言われる。

前橋に競輪、高崎に競馬(現在は廃止)、伊勢崎にオートレース、桐生に競艇があり公営ギャンブルが全て揃う珍しい県だった。

街のスーパー・本屋・家電量販店には小さなゲームコーナーがあるのが常であり、子供の頃からランダム性のあるゲームを楽しめる環境にあった(東京にゲームコーナーがなくて驚いた)


ところで、競馬で儲けるコツは「本来のポテンシャルに比べてオッズが高い馬を探して、そこに集中的に投資すること」だという。

つまり、オッズが低い馬(確実に力がある馬)に賭けて勝っても、リターンは小さい。たっだら、ポテンシャルはあるけど知られてない馬(大穴)に賭けることで、他の参加者を出し抜いて儲けることができる。


ギャンブル好きな県民性に支えられてか、ザスパは大穴に投資し、ときに成功をおさめている。

江坂任(浦和)や瀬川祐輔(湘南)、近年なら飯野七聖(神戸)等の大卒ルーキー獲得戦略がその代表だろう。


今日紹介するのは、そんな大穴選手。

【群馬の幹(ミキ)ティー】こと長倉幹樹だ。



長倉の加入が発表されたのは、8月10日。

ライバルの栃木が経験豊富な高萩洋次郎を、水戸が安永玲央(横浜FC)・鵜木郁哉(柏)というアカデミーの宝を獲得した頃、群馬は関東一部の東京ユナイテッドFCから長倉を補強した。


もう一度言う。関東一部から補強した。Jリーグでもなく、JFLですらなく、関東一部から"補強"した。

「降格圏脱出にあえぐチームが、関東一部からストライカーを補強」。字面だけみると正気の沙汰ではない。ギャンブル補強と言われても仕方ないだろう。


ただし、長倉は競馬で例えるなら「ポテンシャルは高いが周囲に知られていない」馬だった。

というのも、長倉は…

・昨年天皇杯でザスパと対決。ザスパを追い詰めた

・浦和ユース出身で大槻監督の教え子

・東京ユナイテッドFCの監督がザスパのOB

とザスパと縁が深く、フロントとしては勝算のある補強だったのだろう。



長倉は加入初戦からさっそくスタメン出場すると、高い運動量と俊敏性を見せる。

2試合目となる今節ではゴールを記録。3位の仙台を倒すジャイアントキリングの立役者となった。

秘密兵器はたった2試合でシンデレラボーイへと姿をかえた。ザスパはギャンブル的補強でスペシャルな武器を手に入れた。



攻撃スタッツ - 長倉 幹樹

Jリーグに所属経験がないため、NoImage。これまた異彩を放っている



仙台のライン間を狂わせる動き


前置きが長くなったが、長倉の動きを中心に仙台戦を振り返っていく。

この試合では相手の倍のシュート数を記録。予想ゴールでも相手を大幅に上回った。

スコアは1-0だが、中身では完勝したと表現したよいだろう。

正直、ここまでの大勝利は珍しい。


基本スタッツ

ゴール期待値



仙台のパス図をみると、仙台自陣でのパスが多くなっている。

ザスパの支配率は4割ほどだが、これは相手が攻めあぐねた結果といえそうだ。

相手にボール持たせることで支配率が4割に落ち着くのは、現在のザスパの1つの理想形だろう。

エリア間パス図



では、どうして仙台は攻めあぐねたのか。その秘訣は変幻自在の442守備にあると考えている。

この試合では442の守備ブロックを基準にしながら、相手の立ち位置に応じて巧みに守備陣形を変更しているように見えた。


相手が2CB+1ボランチで組み立てるときは、右SHの長倉が最前線に出て3トップでプレスをかける。

相手の右SBの立ち位置に合わせて、左SHの高木はボランチの位置に絞ったり、最終ラインに落ちたりする。

442を基準に、433・532・523の守備配置を臨機応変に使い分け、相手が前進したら素早く442に戻る。これが徹底されていた。

ラインを何度も移動する長倉・高木の運動量、中央を細貝風間が固く守っているからこそできる美しい442だった。


10分には最前線でプレスをした長倉が横パスを奪い絶好の決定機を迎えた。

長倉のラストパスは惜しくもセーブされたものの、仙台のビルドアップを大きく牽制する立ち上がりとなった。


守備スタッツ - 長倉 幹樹守備スタッツ - 高木 友也

こぼれ球を6回を奪取するのはすごい。ここにも長倉の運動量・アジリティがあらわれている。




前へ前へと矢印が向く生粋のストライカー


続いて、長倉のストライカーとしての魅力を紹介していく。

彼の特徴は常にゴールの方向に矢印が向いている点だ。

得点の場面やPKを獲得した場面など、彼の飛び出しや彼へのロングボールが多くのチャンスにつながった。


得点のシーンも

  • 畑尾が長倉へのロングボール
  • こぼれ球を加藤長倉で回収
  • 風間にパス
  • あがった小島にパス
  • 高木にパス
  • 小島がインナーラップで作ったスペースを高木がドリブル
  • 高木風間で浮き球でワンツー
  • 高木のクロス
  • ファーで長倉が押し込む

といった流れで長倉の飛び出しから始まっている。

クロスに飛び込む前も、急発進や急停止をすることでDFのマークをうまく外しており、点取り屋としての才能と俊敏性を感じさせるプレーとなっている。


長倉のゴールへの矢印について、風間・田中とヒートマップを比較すると違いが一目瞭然である。

風間・田中は自陣PAから右肩下がりのヒートマップをしている一方、長倉は右肩上がりのヒートマップをしている。

ゴールに近い場所でボールを受け、フィニッシャーとして活躍する今までザスパにいなかったタイプといえる。

ストライカータイプの長倉と、ビルドアップを安定させる風間・田中を相手によって使い分けると効果的かもしれない。



ヒートマップ - 長倉 幹樹

ヒートマップ - 風間 宏希ヒートマップ - 風間 宏希



ヒートマップ - 田中 稔也ヒートマップ - 田中 稔也



個人的に一番驚いたプレーは、36分北川のシュートの場面だ。

このシーンの長倉は降りてボールをもらいにいく振りをして相手のボランチを引き付けたと思った瞬間、ギアをあげてゴールにスプリントする。このスプリントで相手の最終ラインは下がり、ライン間の距離がぱっくりと空いてしまった。

長倉の巧みな動きで広大なスペースが生まれ、北川はフリーでミドルシュートを打つことができた。




大槻サッカーの進化が見れるかも?


さて、ここまでシンデレラストライカー長倉を中心に熱く語ってきた。

紹介したいシーンはまだまだたくさんある。裏への抜け出しでPKを獲得した場面や左サイドまで走ってセカンドボールを回収した場面など、枚挙にいとまがない。


そして、長倉の真に恐ろしいところは、決定機を3回くらい外していることだ。

数的優位の場面で横パスを引っ掛けてしまったり、シュートをできる場面で横パスを選んでしまったり、フリーのヘディングを決められなかったり…

周囲との連携に課題が残り、まだ真の力を発揮しているとはいえない。

長倉がさらにフィットすることで、ザスパのサッカーの完成度はさらに高まるだろう。


また、攻守において長倉が頻繁に立ち位置を替えているところをみると、1つの考えが思い浮かぶ。

彼は浦和ユース出身で、長い期間大槻監督の薫陶を受けている。

つまり、大槻監督は柔軟に立ち位置を変えるサッカーをやりたいのではないだろうか、と思う。

いまは攻撃は3421守備は442(いわゆる可変)でやっているが、もっと柔軟に・もっと考えて・もっと自由にポジショニングを取ることが、大槻サッカーの1つのゴールなのではないか。


賭けにも近い補強で勝ち点3を手にしたザスパだが、大槻監督の理解者が増えることでチームはさらに加速していくかもしれない。

まさに「本来のポテンシャルに比べてオッズが高い選手を探して、そこに集中的に投資する」。ギャンブルで儲ける秘訣通り、ライバルチームよりも速く成長できるかもしれない。

そんな想像をできる1戦だった。